オンラインで「自分の生産したアウトプット」を公開すると、それよりも大きな問題に対しての解も得られる。

ぼくは、「Ruby」という
オープンソースのプログラムをつくった
まつもとゆきひろさんという人に
「オープンソースの秘密」について
うかがったことがあるんですけど、
彼がとても興味深いことを言ってたんです。 どういうことかというと、
彼にはまず、つくりたいものがあるんですね。
誰かのために、というのではなく、
「自分はこういうものがつくりたい」と思って
ひとりでダーッとつくっていく。 そうすると、自然に適切な大きさの
問題が生まれていくというんですね。 たとえば、自分のつくりたいことが、
この机いっぱいくらいの大きさだとすると、
「この机いっぱいの大きさのものをつくる」
と宣言してつくりはじめるんだけど、
人間ひとりのできることには限界があるから、
まあ、一部分だけしかできない、と。 そうすると、あいつが言ってたのに
できてないところがここにあるぞ、とか、
つくったというけど欠陥があるぞ、とか、
毎日毎日動きを続けていると、
適切な大きさの問題が
つぎからつぎに生まれるんだそうです。 で、それさえ生まれれば、
インターネット上にはそれを解決する人が現れる。
新聞にクロスワードパズルが載っていたら
それを解く人がいるように、
それをみんなが解いていくんだと。

自分の知識を伸ばしていくのも大事だけれど、
それを人に教えてみるのも、自分の為に大切な事だ。 多くの人のためになれば、よりレベルの高い(尖った?)知識を持つ人に
自分の足りない部分を補ってもらえるのかも。 そのことを、より多くの人に伝えると、
さらに深い知識を教えてくれることもあるんだよな。 Twitterやってる時も、うっすらこのことは感じていて、
とても参考になったことを覚えている。 「情けは人の為ならず」という言葉もあるけれど
「教えは人の為ならず」という言葉も成立しそうだ。

Posted via web from 想造メモ

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