ふじもった:「最近改めて思うんですが、やっぱりこうしてなおさんと二人でできるようになったのが自分にとって大きな進歩だったんですよね。」

ふじもなお:『え、どういうこと?』

「いや、今まで自分一人でやってたじゃないですか。
そうすると、自分の強みってよくわからなくなることがあって。」

『あー、そうなの?』

「そうそう。
特に普通の人は結構自分の能力を間違って判断していることってあるんじゃないかと思うんだよね。
本当は監督タイプなのに、「自分はプレイヤーとして成功しないといけない!」とか思いこんでいたり。」

『なるほどね。』

「で、結局どんどん泥沼にはまって、前に進まないっていう。」

『それはあるかも。』

「もちろん、自分のことを客観視できる特別なタイプの人もいるから、一概にそう、とは言い切れないのだけれども、かなりレアなケースだと思うんです。
さらに、自分のことを客観視できるタイプは、みんなそれができる、あるいはそれはスキルだから習得すればできると思っている。
ある意味、プレイヤーとして優秀なタイプですよね。
そういう人たちが、こうすればできる、とか、こうやらないから失敗するんだ、なんて言いだそうもんだから、みんな混乱しちゃうんじゃないかなと。」

『あーね。』

「でも、なおさんって、ちょっと普通と違うというか、他の人と全然違うじゃないですか。」

『え、何が?』

「ほら、審美眼が鋭いんですよね。
自分の中で「美しさの物差し」があって、その物差しは感情で変わらないっていう。
そして、それぞれの「輝き」が出るポイントは違うから、無理させないっていうか。」

『え、普通じゃないの!?』

「いやいや、それは普通じゃないw
普通は、何かすごいものがあっても、嫉妬とか妬みとかが入って「あれが世の中に認められているのは世の中が間違っている」なんて言っちゃって、世間の評価を受け入れられなくなったり。」

『ええ、そういうものなの!?』

「うん(笑)
でも、なおさんは、人と成果物を切り分けて評価してるじゃない。あの人の言動は好きじゃないけど、あの作品はやっぱりすごい、みたいな。
そこがやっぱり俺はすごいなと思うわけですよ。」

『へええ、普通だと思っていた。』

「なおさんも一緒ですね。自分の姿は自分ではわからない(笑)
でもだからこそ、一緒にやるって大事なんですよね~。
ひとりでは見えない自分の良さ。そして自分の伝えたいメッセージ。
それをどちらも大事にするには、やっぱりニュートラルに見てくれているなおさんのおかげやなと。」

『あ、そうですか?
ありがとうございます。』

「そういうとこ、結構クールやんね(笑)」

『うん、自分ではわかってないところだったから、自分としては良さがわからないというか…いまだに普通だと思っているから。』

「でもだからこそ粛々と判断できるというか、作り手の感情が出過ぎないのかもしれないね。」